料理しないレストラン

「うまいもんが食べたいんなら、うちなんかに来ない方がいい。そういう時は吉野家牛丼に行くんだ。あっちの方がうちの野菜よりも何倍もうまいからな」

ハーブ研究所の所長、山澤清はお客さんが来るとよくそんなことを言って笑っていました。

去年の夏に2年半お世話になった山形県の鶴岡を離れました(今の僕の話はまた今度書きます)。

今日は僕がいた「ハーブ研究所」の野菜やハーブと

レストラン「ベジタイムレストラン土遊農」の魅力について書こうと思います。

伝承野菜たち。

ハーブ研究所では、

モアオーガニックを合言葉に30年以上前から農薬・化学肥料を一切使わずにハーブを育て続けてきました。

鶏糞や牛糞などの家畜堆肥には抗生物質やワクチンが残留してしまうため、それらを投与しなくても良い鳩を育てその糞を肥料として使っています。

(鳩は家畜ではなくペットに分類されるためワクチンを打つ義務が無い)

で、育てた野菜のくず(キャベツの外葉や種の選別したやつ)とか畑で採れた雑草(ハコベみたいな葉っぱが柔らかいのが好き)とかを鳩にあげて小さな循環を作るわけです。

山澤 清のこだわり

ハーブ研究所にはたくさんのハーブが植わっています。

それらは長い時間をかけて厳選され残った子たちで、あまりハーブに詳しくない僕でもはっきりと違いがわかるほどのしっかりとした香りがあります。

昔まだ「ハーブ」という言葉が浸透していなかった頃に全国のハーブ農園を訪ね、所長の知識と熱意で種や苗をいただいてまわった時期があったらしく、その時は日本で最も多くの種類のハーブがある場所がここの畑だったそうです。

そのハーブたちの子孫が今も畑のあちこちにいます。

伝承野菜ハウスの種マップ。

10年ほど前にできた「伝承野菜ハウス」は日本で唯一の個人が保有しているシードバンクで、日本各地から集まった在来種の野菜の種が保管されています。

今、ハウスでは600種類以上の種が保管・栽培されており、その中には絶滅寸前の種もいくつかあります。

伝承野菜ハウスは生きた種を未来へ繋ぐことをテーマに畑をしています。

そのためずっと保管され続けている種ではなく、数年に一度は種取りをして、時代の記憶を持つ生きている種を保管しています。

カエルは何匹いるでしょう?

僕が大学四年生の夏に初めて畑を訪れたときに

いちばん驚いたのは蛙と蜘蛛の多さでした。

農薬を一切使わないハーブ研究所の畑では、彼らはとても重要な役割を担っています。

彼らの仕事は野菜を食べてしまうナメクジやダンゴムシ、虫たち(青虫、蝿、バッタ、カメムシ等)から野菜を守ることで、畑の至る所で彼らの姿を見ることができます。

ハウスには至る所にアシナガバチの巣があり、年に何度かは誰かが刺されます。

(彼らの他にも鼠から畑を守るために猫が、水辺の生態系を守るために小魚やヤゴ、その他いろんな水生生物が畑のまわりにいます)

「環境にほどほどの天敵がいれば農薬なんて撒かなくても野菜を育てることができる」と、所長は言います。

いわゆる害虫と呼ばれる生き物たちがここの畑にもたくさんいますが、野菜はみんな元気に育っていました。

ほぼ野菜レストランこと「ベジタイムレストラン土遊農」で僕がキッチンに立ったのは僅か数ヶ月でした(コロナで閉まっちゃったんだよね)。

しかし、その期間にたくさんのことを学ばせていただきました。

レストランのキッチンに入ることになって所長から最初に言われたのが

「料理はするな!野菜はそのままだせ。

うちは料理をだす店じゃない。

洗って切って盛るだけでいい」でした。

ただこれがシンプルでいて難しい。

ランチの看板。

例えば、ここにトマトがひとつあったとして、

(あ、もしかしたら僕が持っているのは、今あなたがイメージしているトマトじゃないかもしれないです)

包丁を握ってさあ切ろうと思って手が止まるわけです。

縦に刃を入れるか横に入れるか悩むわけですね。

仮にくし形に切ることに決めたとしても、どこを切るかによって味も食感も変わる。

つまり、トマトを壁で切るか室で切るかで口当たりが変わるわけです。

このトマトは食べた時、最初にどこが舌に当たるように切るのが一番美味しいのか。そもそも切らないほうがいいのか。それを考えて野菜と向き合えと言われたように感じました。

僕がいた時にはトマトの種が40種類ぐらいあり、赤くて丸いいわゆるトマトもあれば色が濃いのも薄いのも、緑、白、縞々、、、色んなトマトがありました。

その種類に合った切り方は何か?

同じ種類だけど先週と同じ切り方でいいのか?

あのトマトではなく、このトマト 今日のこの目の前のこのトマトをどこまで活かせるのか?

答えはなくても考え続けなさい。

というのが所長の言葉でした。

野菜のしずく
数十種類のトマト、ナス、キュウリを自重だけで絞った汁。

レストランで使われる野菜はほとんど朝に畑から運ばれてきます。

そのため、お皿の上を見ればなんとなく今の畑の状態がわかります。

旬の野菜はたくさん収穫できるので種類も量も多くなり、

反対に走りや名残の野菜はちょこんとのっている程度になります。

多いときには同じ野菜が7-8種類のることもありました。

渾身のワンプレート。

僕が一番好きだったメニューはスープです。

作り方は簡単で、その日でた野菜の使わなかった部分を一緒くたに鍋にいれて水で煮込むだけ。

それに必要があれば昆布と椎茸の出汁を加え少量の浮き実をいれたら完成です。

とてもシンプルなほぼ野菜くずでできたスープですが、お客様に飲んで涙が出たと言っていただいたことがあるくらい美味しいです。

このスープがメニューにあることで、僕は野菜の際の際まで頑張って使おうとする必要がなく、楽しんで調理することができました(トマトのへたのまわりとか大根菜とかを使うかどうか悩まなくていいのはとても嬉しかった)。

調理で出てくる野菜くずは、もちろん朝に畑で採れたものの切れ端なのでスープの味は今の畑の味になります(営業後にスープを仕込むので今日の野菜の味ではないですが)。

野菜の皮や根っこ、切れ端ばかり。

所長はよく「レシピが先にある料理はするな」と言っていました。

こんな料理が作りたい。こんな食材が使いたい。

その考えが、イボを無くして皮が固くなり、味のしなくなったきゅうりを生み、種を残さない野菜を作ったんだ。と

自分のイメージを表現するために料理をするのではなく、あるものを活かすように料理をするようにしなさい。と

今でも料理を考えるとき、この言葉が頭をよぎることがあります。

「野菜はそのままだせ」は本当にそのままの意味でした。

「うまいかまずいかはお前が決めることじゃない、食べた人が決めることなんだから考えるな」という変なレストランだったので、

土遊農のキッチンにいてもあまり料理が上手にはなりませんでした。

しかし毎日新しい発見があり、短い間でしたがとても充実した日々を過ごすことができました。

土遊農は今も臨時休業中で、再開しても以前のような営業の仕方をするかはわかりませんが、もし鶴岡を訪れた際にレストランがやっているようでしたら足を運んでみてください。

きっと、あなたのまだ知らない野菜との出会いがあるはずです。

畑の先輩方(猫たち)から強烈な洗礼を受けた朝から始まった鶴岡の生活ですが、本当に色んな経験を積ませていただきました。

挙げだすときりがないですが、初めてのことばかりでした。

たくさんの言葉が今でも心の中に残っています。

2年半、大変お世話になりました。

ありがとうございました。

庄内の魚が恋しくなった頃にまた遊びに行きます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です